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Gainsight Pulse2022 現地レポート③

こんにちは、萩原です。Pulse2022現地レポート3本目は、前回に続き、ジェフリー・ムーア氏の講演「カスタマーサクセスの進化~過去、現在、未来~」の後半部分を全文書き起こし形式でご紹介します。前回の「カスタマーサクセスが現在の形にいたるまでの歴史」を踏まえ、カスタマーサクセスの「現在から未来」へと話が移ります。カスタマーサクセスが顧客に価値を提供するためには、段階を踏んで成熟していく必要があること、またこれからはカスタマーサクセスのためにプロダクトを開発するという考え方が広がっていくことが示されました。本稿の最後に、私(萩原)から講演内容を踏まえて日本の皆さんへの補足解説をお付けしましたので、最後までお読みいただければ幸いです。

カスタマーサクセス成熟度モデル

業界が異なれば、進化(成熟化)の度合いが異なる。世の中にはいまだに「プロダクトがすべて」という業界も存在する。そういう業界においては、テクニカルサポート(カスタマーサクセス成熟度モデル1段階:上図参照)は良い顧客体験のためにきわめて重要な要素である。もしあなたの業界が、営業プロセスにおける顧客との対話が重要、間違った営業をしないことが重要という段階にあるなら、成熟度モデルを2段階、3段階に登っていく必要がある。スケールするためには顧客からのシグナルを検知するデジタルシステムが求められる。行動データによって、フォーカスグループインタビューではわからなかったことが明らかになるのは、よくあることだ。

SaaSに関わる方のように、アダプション&リテンション(定着化・利用継続)のレベルに達しているならば、ここまでの4つの段階(テクニカルサポート、営業生産性、デジタルGTM、アダプション&リテンション)をいかに改善・向上するかに加えて、今後はアダプション&リテンションの経験から得られた学びを5段階目のオンボーディングチームの活動へ反映させることを考えなければならない。

そして6段階目の要素。エンドユーザーは得てして、プロダクトを「買っている」という感覚を持っていない。あくまでも「使っている」だけだ。ところが、支払っている人はそうではない。現在のように予算が限られてくると、優先順位をつける必要が出てくる。支払っている費用に対して、適切な成果を得られているだろうか、と考えはじめる。皆さんの会社にとって極めて重要なことは、既存顧客、とりわけエコノミックバイヤー(購入権限者)が「成果を得られていない」と認識しているならば、それを察知することである。

もし、実は成果を提供できていなかったとわかったら、どうするか。手は2つある。1つは、手弁当で(プロフェッショナルサービスのフィーをもらわずに)成果を提供すべく汗をかくことだ。顧客が成果を得られればそれはすばらしいことだし、契約も更新されるだろう。もう1つは、学ぶことだ。「あ、バリューチェーンのだいぶ前の方で何かを間違えたんだ」と気づいたら、そこから学びを得なければと考えることが大切だ。ここで、ヒューマン・ファーストが大事になってくる。デジタルではなく、人間がやるべきことは、顧客を成功させることだけでなく、学ぶことだ。

カスタマーサクセスを中心にバリューチェーンを再構築する

次の図を見てほしい。(筆者注:前回の記事で紹介したものと)同じバリューチェーンではあるが、逆向きに、顧客需要から製品供給へと考えてみよう。価値が提供できていないとしたら、私たちはどこで間違えたのか。何を定着化(Adopt)しなければいけなかったのか。どのように提供(Deliver)すれば良かったのか。何を売っているのか。何をマーケティングしているのか。そして、何を作っているのか。これは、カスタマーサクセスの未来につながってくる話だ。

いまやプロダクトの設計・開発は、バリューチェーンのはるか先、顧客体験や価値提供(Value Realization)について考えなければならなくなった。(ハードウェアであっても)ソフトウェア優先でプロダクトを開発する世界では、「どこで間違えてるのかわかるようにしよう」と考えるようになる。使われていないことでベネフィットが提供できていない機能はないか。間違った使われ方をしていないか。プロダクトを使うための手間がかかりすぎていないか。導入が遅れているところはないか。ユーザーエンゲージメントが下がっているところはないか。初期設定や保守がイマイチで手戻りが発生していないか。このように落とし穴はたくさんある。「だったら、その原因が検知できるように、プロダクトを設計しよう」と考えるのだ。このような設計・開発は、カスタマーサクセス観点できわめて重要である。なぜなら、単に競合比較のための機能ではなく、価値を提供する(Value Realizationの)ための機能になるのだから。

私たちは、ソフトウェア優先でプロダクトを開発する時代にあり、この世界ではプロダクト体験(PX)と顧客体験(CX)が一体化しはじめる。DXによって、顧客はあちこちでソフトウェアが動いていることを期待するようになり、そこでは行動データが取得されていると考えるようになる。機械学習によって行動データからインサイトが抽出され、そのインサイトはプロダクト体験(PX)ソフトウェアによってアプリ内のアクションになったり、顧客体験(CX)ソフトウェアによって人間によるフォローアクション(ハイタッチ活動)を促す。いまの製品開発者は、顧客志向の製品を開発しようと思ったら、プロダクト体験データと顧客体験データの両方が必要になる。

もちろんこれは、どのような製品を開発しようとしているかによる。PXとCXの関係は、B2CとB2Bでは大きく異なる。

B2Cは基本的にトランザクション数が多い。GoogleやFacebookをイメージすればわかりやすいが、同じアプリケーションを多くのユーザーが利用し、多くのユーザーが同じ行動を取る。アプリケーション中心のエコシステムであり、プロダクト主導型の成長を目指す。間に人を介在させることはできず、CSMは置けない。高トランザクション製品においては、プロダクト体験(PX)こそが顧客体験(CX)であり、CXデータの検知とそれを起点とするアクションは、プロダクト内に埋め込まれる必要がある。チュートリアル、レコメンデーション、通知など、あらゆる手法を使ってスムーズな顧客体験を大量につくり出す必要がある。つまり、PXとCXの関係性はスケールを目指す形になる。

一方で、B2Bの世界では、顧客ごとに利用方法が異なる。トランザクション(処理)ではなく、成果を中心に活動が定義される。ユースケース中心のエコシステムであり、ユースケースを通じて価値が実現される。したがって、顧客はプロダクトではなくソリューションを求めるようになり、ベンダーのプロダクトチームはホールプロダクト*が提供されているかを考えなければならない。このような状況では、CSMが顧客の利用環境を伝えないかぎり、うまくいかない。顧客の環境はすべて異なるのだから、プロダクト開発に対するCSMのインプットは極めて重要だ。そして、プロダクト体験は顧客体験に貢献する形になる。なぜなら、プロダクト体験データは、顧客体験の予兆となるから。もちろんプロダクト体験データはプロダクト開発にも寄与するが、B2Bにおいては活動の焦点は顧客体験(CX)であり、顧客に価値を提供することを目指すのである。

*ホールプロダクトとは、ベンダーが提供するプロダクト(コアプロダクト)に加え、サードパーティーが提供するハードウェアやソフトウェア、システムインテグレーション、導入設定やトレーニング、さらには導入に伴うチェンジマネジメントまでを含めた「購入の必然性に応えるためにコアプロダクトの他に必要とされるもの」すべてを指す。

まとめとお持ち帰りポイント

プロダクトが価値を提供し、競合他社を参考にし、サプライチェーンの自動化に注力し、品質・価格・チャネルが成否を決める。このような伝統的な価値提供モデルは、いまだに多くの業界において基礎的な要素である。しかし、皆さんの業界ではおそらく新たな価値提供モデルが広がっているはずだ。そこでは、サービス(サービスとしてのプロダクト)が価値を提供し、顧客維持とLTVを重視し、カスタマーサクセスの自動化に注力するようになる。皆さん知ってのとおり、ここをスケールすることのインパクトは大きいから。そして、成否を決するのは体験と成果だ。体験データを取得・検知し、適切に蓄積することで、人間によるアクションとプロダクト内のアクションに反映する。これが重要だ。

会社に戻ったら、ぜひカスタマーサクセス成熟度モデルを見返してほしい。すべての組織は違うレベルにいるはずで、みんながみんな一番上を目指すものではない。自分がいる業界と自社の立ち位置から考えて、もっとも価値が出る部分を見つけてほしい。そして、「では次のレベルに行くには」と考えてほしい。

日本の皆さんへの補足と示唆

カスタマーサクセス成熟度モデルを正しく使う

いかに Value Delivery が大事だからと言って、一足飛びにそこを目指せるわけではありません。また、SaaS企業にお勤めでカスタマーサクセスに携わっている方すべてが、21世紀の要素(図中の青い部分)だけやっていればいいわけでもありません。むしろ、顧客側が上記のようなエンタープライズITの歴史をたどってきたことを考えると、顧客の期待値は20世紀の要素(赤い部分)ができているのが前提になります。クラウドネイティブなSaaSベンダーだからといって20世紀の要素を無視していいわけではないのです。また、複数の製品を提供している企業は、それぞれの製品(事業)が同じステージにいるとも限りません。

BMC社のCCOと開発責任者を招いておこなわれたパネルディスカッションでもこんなコメントがありました。

「BMCは長い歴史を持つ企業であり、単一プロダクトの企業でもなく、またSaaSネイティブな企業でもない。成熟度モデルでいえば、すべてのステージにいるという認識だ。すべての要素に対して、継続して取り組んでいる」

BMCのような成熟した企業であっても、いまだにテクニカルサポートの改善に取り組んでいるのです。もちろん同時に、価値の実現(Value Realization)にも取り組みながら。

ムーア氏の主張の繰り返しになりますが、現状のカスタマーサクセス組織の役割や担当範囲だけでなく、自社が属する業界、自社が提供するプロダクトやサービス、組織体制などを考慮して、もっとも価値が出る部分に取り組むのが、この成熟化モデルの正しい使い方です。図を見ると、あれもできていない、これもやりたいと思ってしまいますが、ジェフリー・ムーア氏からのアドバイスは「実行に移すときは、とにかく優先順位をつけよ」だったことを強調しておきたいと思います。

プロダクトは最高のCSM

  • デジタルトランスフォーメーションによって、あらゆる場所にソフトウェアが埋め込まれる
  • ソフトウェアは顧客の行動データを収集する
  • それらの行動データやシグナルから、機械学習によってインサイトが導き出される
  • プロダクト体験(PX)ソフトにより、インサイトにもとづくアクションが実行される
  • 顧客体験(CX)ソフトによって、結果を確認する人的なフォローアップが可能になる
  • 製品開発者はかつてないほど、顧客の利用データとユースケースの両方を把握できるようになる

あらためて整理すると、バリューチェーンにおけるパワーが顧客側に移り、カスタマーサクセスを通じた価値提供が企業活動の中心になると、バリューチェーンの考え方が変わる。顧客側から生産側(前から後ろ)へと考える必要があり、カスタマーサクセスのためにプロダクトをつくるという考え方になっていく。プロダクト開発はソフトウェア優先になり、プロダクト体験はカスタマー体験と統合されていく。このようなトレンドを考慮すると、プロダクト開発とカスタマーサクセスの連携がこれまで以上に重要になってきます。

これは GainsightのPX製品を使うと良いといった単純な話ではありません。カスタマーサクセス担当者にはプロダクトづくりに貢献できるし、むしろ積極的に貢献していくことがカスタマーサクセスを実現するために必要なことなのです。「プロダクトは最高のCSM」という発言もありました。カスタマーサクセスが事業成長の根幹であるならば、カスタマーサクセスのスケールは前提となります。そのとき、もっとも効果的なのは「プロダクトによるカスタマーサクセス」になるはずです。

ニック・メータらによる『カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則』(通称 青本)にもこう書いてあります。

原則⑥ 本当に拡張可能な差別化要因は製品だけだ

~ カスタマーサクセスを重視する会社の目標は、その製品から顧客が価値を実感できることだ。 設計段階から素晴らしい製品を生み出すべく力を注ぎ込めば、それは他のあらゆるカスタマーエクスペリエンスの要素が入っているうえに、サービスやサポートが容易かつ顧客が価値を得やすい製品となるのである。
重視すべきなのは、直感的な製品にすることだ。(中略)そもそも、製品を理解するのに膨大な時間がかかるようでは、魅力に乏しい製品とみなされて誰にも使ってもらえない。~
わかりやすく言いかえると、カスタマーサクセス活動で、もっともスケールするのはプロダクトそのもの、ということ。

では、カスタマーサクセス担当者は、どのようにプロダクトづくりに貢献すればいいのか?
この問いに対する先行企業の答えはこうでした。

「顧客の声を集める仕組みやプラットフォーム(VoCシステム)を整えるのはもちろん大事だけど、効果的なのは週次レビューだと思う。CSM、オンボードチーム、サポートチーム、プロフェッショナルサービスチーム、そしてプロダクトチームから人が集まり、今週オンボードした50社の顧客について話す。そういう週次のリズムを持つこと。もしもそういう役割の人がいないなら、だれかが全体を取りまとめる必要がある。そうでないと、あちこちからフィードバックが届いて、プロダクトマネージャーは混乱するだけだから」

おそらく、こう答えた登壇者の企業では、さまざまなツールが使われていて、洗練された仕組みがあるのだと思います。それでも、やはり毎週関係者が集まって具体的な顧客について話すことがもっとも効果的だと回答したことに、重要な示唆があると思います。ビジネスサイドと開発サイドはとかく距離が離れがちですが、まずは関係者が集まって顧客について話すだけでも得られる学びは多いでしょう。そのときカスタマーサクセスの経験と知見は重要なインプットになります。

カスタマーサクセス担当者がプロダクトを進化させることで将来の顧客をサクセスさせる。これは筆者が3年前から願っていた姿ですが、いよいよこのような取り組みが増えていく時期になったのだと感じました。

Pulse2022 現地レポート最終回となる次回は、皆さんの関心が高いであろうカスタマーサクセスのベストプラクティス、具体的にはデジタルを活用したスケール化、CS Opsの活動・役割、他部門との連携について深掘りしたいと思います。

萩原 雅裕 / Prodotto合同会社 代表

NTTデータ、ベイン・アンド・カンパニー、日本マイクロソフト、Microsoft Corporation(本社)を経て、創業メンバーとしてワークスモバイルジャパン株式会社に参画。法人向けコミュニケーションツール「LINE WORKS」の立ち上げに携わり、導入社数30万社超、ARR78億円(2021年現在)までの成長に貢献。プロダクト責任者、マーケティング責任者、カスタマーサクセス責任者、戦略担当役員などを歴任。現在は、SaaSグロース支援、B2Bマーケティング支援、経営アドバイザリーサービスを提供。
慶応義塾大学卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)修了。
趣味は、筋トレ、キャンプ、積ん読。