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Gainsight Pulse2022 現地レポート④

こんにちは、萩原です。ありがたいことにカスタマーサクセス界隈(の一部)からご好評をいただきましたこのPulse2022現地レポートも、いよいよ最終回となりました。

本稿では、キーノート(基調講演)に加え、多くのブレイクアウトセッションへの参加を通じて感じられた「カスタマーサクセスに関するベストプラクティスの最新状況」を下記4つのキーワードとともにお伝えしたいと思います。

カスタマーサクセスに関するベストプラクティスの最新状況

  1. NRR/NDRの向上という共通言語
  2. テックタッチではなくデジタルファースト
  3. CS Opsは戦略担当
  4. 営業プロセスからはじまるサクセスプランニング

1. NRR/NDRの向上という共通言語

1本目のレポートでもお伝えしたとおり、カスタマーサクセスのゴールは「 NRR (Net Revenue Retention) / NDR (Net Dollar Retention) =売上継続率」 向上である、という認識が広く共有されていました。これは、アメリカ市場においてSaaSという産業が非常に大きくなったことを受け、マッキンゼーやベインといったコンサルティング会社がSaaSに関する調査レポートを公開していることに基づいています。今回の基調講演でも、それらのレポートから「証券アナリストは、企業価値と非常に高く相関する指標はNRRだと見ている(企業価値分析の基本であるフリーキャッシュフローや、かつてSaaS関係者の間で話題となったRule of 40と比較して)」ことや、「市場環境が悪化したとしても、約90%の企業がカスタマーサクセスに継続して投資する意向を示している」ことが紹介されました。

またブレイクアウトセッションの登壇者がこれらのデータやレポートを引用するシーンも数多く見られましたし、「How to improve NDR(NDRを向上させるには)」と題されたセッションでは、参加者の65%が「日常的にNDRについて会話している」と回答していました。NRR/NDRという指標は、これまでカスタマーサクセスが追っていた指標に比べると、かなり財務指標に近しい性質のものであることを考えると、その割合の高さに驚きます。

CS Opsセッションへの参加者はひときわ多い

日常的に現場で追いかける指標とNRR/NDRとの関連についての分析も進んでおり、Zuora社では、本格展開までに掛かった期間や、アップセル金額の多寡によって、長期的なNDRが大きく異なるというインサイトを発見したことが紹介されていました。他のセッションでも同様に、NRR/NDRが日常的にカスタマーサクセスの現場で取り上げられている様子がうかがえ、NRR/NDRという指標が広く共通言語として使われていることがわかります。カスタマーサクセスに関連する活動は、NRR/NDRを効率的に向上させるというゴールに向かうものであると整理されたことで、社内連携が進めやすくなっている印象を受けました。

一方で、留意したい点もあります。それは、NRR/NDRというのはカスタマーサクセスの指標ではなく、SaaS事業全体に関する経営指標であることです。カスタマーサクセス部門だけで推進できるものでないのはもちろんのこと、SaaS以外の事業(ビジネスモデル)にそのまま適用できるものでもありません。実際、ブレイクアウトセッションに登壇したハードウェア企業の担当者は、「自社にとって、NRRに相当する指標は何なのかを考えている」とコメントしていました。

自社の事業特性やビジネスモデルを踏まえ、戦略的な目標やゴールとカスタマーサクセス活動の関係をわかりやすくするための努力を継続していると、多くの登壇企業が述べていたことを付け加えておきたいと思います。

2.テックタッチではなくデジタルファースト

Gainsight社が提唱する「持続性ある成長戦略プレイブック」で、「デジタルによるスケールアップ(Scale with Digital)」が取り上げられているように、デジタルの活用はカスタマーサクセスにおける大きなテーマです。日本でも「スケールするためにテックタッチを推進しなければ」という声は、ここ数年多くの関係者の間で広がっています。しかし、いまだに「テックタッチ=小規模顧客向けの取り組み」という認識が多いように思います。

今年のPulseで印象的だったのは、「テックタッチ」という言葉がほとんど聞かれず、「デジタルファースト」という言葉が使われていたこと。そして、企業規模別の顧客セグメントに対するアプローチとして語られることが非常に少なかったことです。日本でも早くからカスタマーサクセスに取り組んできた人たちの間では、テックタッチ・デジタルタッチは企業規模別の取り組みではないという認識が広がりつつありますが、今年のPulseではその傾向が非常に強く表れていました。

例えば、Cisco社は「マルチタッチサクセスモデル」と称して、ハイタッチとデジタルの取り組みを並列的に捉えています。また、Salesforce社は「Digitally Led + Human Supported」、GitLab社は「Digital Overlay」という表現を使っていました。各社に共通するのは「カスタマーサクセスはすべての顧客を対象とする」ことと「顧客はひとつのタッチポイントだけを利用するわけではない」という思想です。カスタマーサクセスが事業成長に直結する(NRRに貢献する)活動である以上、その活動の範囲は「規模にかかわらずすべての顧客」となります。必然的に、カスタマーサクセス活動にスケール(規模拡大)が求められると同時に、顧客の視点から考えてもタッチポイントは多様であるべきなのです。

このように考えると、「小規模顧客にはハイタッチではなくテックタッチ」という考え方ではなく、「すべての顧客にデジタルタッチ」であり「まずはデジタル(=デジタルファースト)」という発想に至るのが自然なのでしょう。上記に限らずブレイクアウトセッションに登壇した企業でも、表現は違えども同様の考え方で、デジタルによるスケール化を推進していました。

Cisco社の例

Salesforce社の例

GitLab社の例

3.CS Opsは戦略担当

CS Ops (カスタマーサクセスオペレーション)を設置することは、すでに日本でもベストプラクティスとして認識されていると思います。今年のPulseでも、CS Opsのプレイブックを紹介するセッションがいくつかありました。ここで日本のカスタマーサクセス関係者(および経営者の皆さん)にぜひ理解していただきたいポイントは、CS Opsのリーダーたちは決してオペレーションのリーダーではないという点です。CS Opsに関する登壇者の多くは、CS Strategy & Ops という全体戦略を担う組織のリーダーなのです。そして彼らが語る内容は、自社のカスタマーサクセスをどのように設計し、そのためにどのような実行体制を構築してきたかという話です。つまり、CS Ops というのはオペレーションチームではなく、カスタマーサクセスの戦略を立て、その実装を担うチームなのです。

例:Salesforce社のカスタマーサクセス組織
Strategy & Opsという組織(オレンジ色の箱)があるのが見て取れる。

もちろん、CS Opsが担う仕事は戦略立案だけではありません。プロセス設計やデータ整備など多岐にわたります。下図は「The Ulitmate Playbook to Customer Success Operations(カスタマーサクセスオペレーションへの究極のプレイブック)」というセッションで紹介された一例ですが、非常に多くのプロセスに関わっており、またそのためのデータ整備に腐心している様子がうかがえました。また別のセッションでは、CS Opsがアプリ内メッセージやチュートリアルについても責任を負っているという話が紹介されました。CS Opsの活動対象はCS組織内にとどまらず、営業やプロダクト組織との連携も多いことがよくわかります。

日本でもCS Ops担当者やチームの必要性を感じている方は増えていると思います。Pulseで紹介された事例を踏まえると、まず人材面については、自社の戦略を理解した上でアカウントカバレッジモデルや業務プロセスを設計するスキルを持つ人材が必要なことがわかります。また、実行体制を整えるためには、データモデルを設計したり、データ基盤を整備したり、業務プロセスの設計と自動化を進められるスキルを持つ人材が必要なこともわかります。このようなスキルを持つ人材は、必ずしもカスタマーサクセス出身である必要はなく、むしろ他の分野で活躍している人材の方が適性があることも多いでしょう。

なお、CS Ops組織の位置づけとしては、カスタマーサクセス組織に置く場合と、Revenue Opsと同じチームにする場合があることも紹介されました。スキル面や組織面を考慮すると、すでにRevenue OpsやSales Opsチームがある場合はその中に担当者を配置したり、経営企画部門に担当者を置く形もありそうです。

4. 営業プロセスからはじまるサクセスプランニング

営業組織との連携がうまくいかず、カスタマーサクセス担当者が苦労することになりがちなのは、日本だけではありません。アメリカ市場でも同じように苦労している人が多く、いまでも大きなトピックとなっています。そういった中で、営業組織との連携方法のベストプラクティスとして、カスタマーサクセス担当者がセールスプロセスの後半から入り込むことが多くのセッションで推奨されていました。

お客様、特に意思決定者が、自社プロダクトに何を求めているのか、どのような価値を得ようとしているのか、カスタマーサクセス担当者は深く理解する必要がある。そのためにはセールスプロセスの後半(契約前)から積極的に関わるべきである、という主張が数多く聞かれました。また、カスタマーサクセス担当者が営業プロセスにかかわることは、競合他社に対する差別化ポイントになり得るという発言もありました。

営業プロセスでの連携プロセスと成果物は、「サクセスプランニング」と呼ばれ、営業活動を通じて得られた顧客の目的や期待値、実装計画などを反映しながら、サクセスプランという形でつくり上げていきます。Gainsightの機能を使う場合もあれば、そうでない場合もありますが、以下のような内容を記述していきます。

  • 顧客情報
  • 目的
  • 成果
  • 活動/タスク
  • 実現すべき価値

セッションで紹介されたVMware社の事例で秀逸だったのは、顧客が求める成果をあらかじめ大ぐくりで定義してあり、営業シナリオと連動させている点です。これにより、サクセスプランをつくるときは、営業が提案中のシナリオに合わせた内容を選択することになります。さらに、顧客が求める成果に合わせたユースケースも定義されており、それに沿ったオンボーディング計画がつくられていきます。

つまり、顧客が求める成果、それを実現するためのユースケース、そのために必要な活動まで一気通貫で整理されており、これらを営業とカスタマーサクセスの両者が協力して、サクセスプランという形でまとめていけるようになっているのです。これは、アカウントプランとサクセスプランを一体化した「インテグレーテッドプランニング」という呼び方もされていました。営業とカスタマーサクセスの連携に苦労している方にとって参考になる形ではないでしょうか。

VMware社の例

おわりに

当初の予定を超えて4回に分けての連載レポートを続けられたのも、読んでいただいた皆さんのおかげです。ありがとうございました。
140もの膨大なセッションをすべてカバーできたわけでないため、認識違いや理解不足な点があったかもしれません。また分かりにくい点もあったかもしれませんが、何卒ご容赦ください。
本連載に関するご意見や反論、「あの話について、もっと知りたい・聞きたい」といったご要望がありましたら、Gainsight社ホームページお問合せ、もしくは筆者宛てに直接ご連絡いただければ幸いです。

萩原 雅裕 / Prodotto合同会社 代表

NTTデータ、ベイン・アンド・カンパニー、日本マイクロソフト、Microsoft Corporation(本社)を経て、創業メンバーとしてワークスモバイルジャパン株式会社に参画。法人向けコミュニケーションツール「LINE WORKS」の立ち上げに携わり、導入社数30万社超、ARR78億円(2021年現在)までの成長に貢献。プロダクト責任者、マーケティング責任者、カスタマーサクセス責任者、戦略担当役員などを歴任。現在は、SaaSグロース支援、B2Bマーケティング支援、経営アドバイザリーサービスを提供。
慶応義塾大学卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)修了。
趣味は、筋トレ、キャンプ、積ん読。