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Gainsight Pulse2022 現地レポート①

8月米国サンフランシスコで開催されたGainsight社主催の世界最大のカスタマーサクセスイベントPulse(パルス)に日本から現地参加!4回シリーズで濃厚なイベントレポートをお届けします!

萩原 雅裕 / Prodotto合同会社 代表

NTTデータ、ベイン・アンド・カンパニー、日本マイクロソフト、Microsoft Corporation(本社)を経て、創業メンバーとしてワークスモバイルジャパン株式会社に参画。法人向けコミュニケーションツール「LINE WORKS」の立ち上げに携わり、導入社数30万社超、ARR78億円(2021年現在)までの成長に貢献。プロダクト責任者、マーケティング責任者、カスタマーサクセス責任者、戦略担当役員などを歴任。現在は、SaaSグロース支援、B2Bマーケティング支援、経営アドバイザリーサービスを提供。
慶応義塾大学卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)修了。
趣味は、筋トレ、キャンプ、積ん読。

Pulseはカスタマーサクセスに関わるすべての人のためのコミュニティイベント

Pulseは、Gainsight社主催の2013年から続くイベントです。Gainsight社は、Pulseを単なるベンダーイベントではなく、カスタマーサクセスに関わるすべての人のためのコミュニティイベントと位置づけており、その意図はイベントの設計や運営、またスピーカーからのメッセージにも表れていました。これはGainsight社のカルチャーに由来しています。Gainsight社のパーパスに「Human first(ヒューマン・ファースト)」という言葉が入っていることに表れているとおり、このPulseというイベントもカスタマーサクセスに関わるすべての人のためのイベントであり、140にわたるセッションには「製品説明」をメインにしたものがひとつもないのです(厳密には将来提供される新機能のお披露目はありましたが)。キーノートからセッションに至るまで、すべてカスタマーサクセスという仕事、それを実践する上で私たちはどうすればいいのか、というテーマで構成されているのです。これは、なかなかできることではありません。2日間で140セッションです。通常であれば製品トラックを用意するものですが、そうしないところに強い意図を感じます(と同時に、イベントチームの苦労もうかがえますね)。

140という膨大なセッションは、経験レベル、ビジネスゴール、興味分野に合わせて11個のトラックに分類されていました。ちなみに、イベントサイトでは「10個のトラックを用意しました!」と大きく書いておきながら、実は11個という茶目っ気を見せており、このあたりにもGainsight社のカルチャーを感じます。

  1. デジタルでめちゃめちゃスケールする
    SCALING MASSIVELY WITH DIGITAL ENGAGEMENT
  2. プロダクトレッド戦略で成功する
    SUCCESS WITH PRODUCT-LED STRATEGIES
  3. サッと始めパッとうまくいく
    STARING SIMPLE AND WINNING FAST
  4. NRR を伸ばし最適化する
    GROWING AND OPTIMIZING NET REVENUE RETENTION
  5. 組織横断+コミュニティで成長強化
    DRIVING GROWTH CROSS-FUNCTIONALLY AND COMMUNITY-WIDE
  6. 上級者向け最先端成長戦略
    CUTTING EDGE GROWTH STRATEGIES FOR ADVANCED TEAMS
  7. CS Ops を競争優位に
    TURNING CS OPS INTO A STRATEGIC ADVANTAGE
  8. 大企業の大変さを乗り越える
    MANAGING ENTERPRISE COMPLEXITY AND SCALE
  9. 成果を生むカスタマージャーニーを設計する
    DESIGNING CUSTOMER JOURNEY THAT DRIVE OUTCOMES
  10. 業界特化の視点
    VERTICAL INDUSTRY PERSPECTIVES
  11. ヒト優先のリーダーシップ
    HUMAN-FIRST LEADERSHIP

(注:日本語訳は筆者によるものであり、Gainsight社公式日本語訳ではありません)

このように、すさまじい規模感で開催された今年のPulseは、約5,000名もの参加者を集めました。すべてカスタマーサクセス関係者だけでこの人数が集まるところに、アメリカにおけるカスタマーサクセス市場の拡がりと成熟度を感じます。アメリカにおいても直近2年はバーチャル開催だったため、リアルでの開催は久しぶりとあって、主催側も参加側も「直接対面でやり取りができて、うれしい」という感想を、あちこちで聞きました。同時に、今回初めて参加する人の割合も非常に多く、カスタマーサクセスという市場・産業が着実に大きくなっていることを感じさせました。

ここからは、イベントを通して強く打ち出されていたメッセージをいくつかピックアップしたいと思います。

戦略としてのカスタマーサクセス

95%のテック企業が「自社にはカスタマーサクセス機能がある」と回答しており、カスタマーサクセスマネージャーは依然として驚くべきペースで急増している職種です。

その一方で、直近半年でアメリカ市場は大きく状況が変わりました。SaaSを中心とするテック企業はひときわ大きくその影響を受けています。株価は大幅に下落し、企業価値の下落に直面しているCEOとCFOは市場から大きなプレッシャーを受けています。顧客企業は、インフレによるコスト上昇に加えて、金利上昇により財務負担が上がることを見越し、コストカットの動きを取り始めています。そこには当然、既存契約の見直しも含まれます。

過去3年間のパンデミックによる苦境がようやく終わりを迎えたかに見えたこのタイミングで、経済環境は大きく悪化しており、厳しい状況に置かれているという認識のもと、今回のPulseでは、この状況を踏まえてカスタマーサクセス関係者はどうすべきかが大きなテーマとなっていました。90%の企業がカスタマーサクセスへの投資を継続すると回答していることには勇気づけられますが、この厳しい経済環境において、カスタマーサクセス関係者はどう取り組めばよいのか。

これに対するGainsight社の答えが、Durable Growth(持続的成長)というコンセプトです。6つの要素から成るプレイブックはすでに日本語版でも公開されていますが、以下で簡単にご紹介しておきます。

このプレイブックも大事ですが、それ以上に重要なポイントは、イベント全体を通してDurable Growth(持続的成長)への貢献というメッセージが強く発信されていたことです。いや、むしろ、貢献という言葉では足りないかもしれません。カスタマーサクセスはグロースエンジンなんだ、という強い意思を感じました。もちろんいまだに、カスタマーサクセス活動はカスタマーサクセスチーム(だけ)の仕事という誤解と戦っている人も多いでしょうが、それ以上にカスタマーサクセスは事業に Durable Growth(持続的成長)をもたらすのです。

前述のような厳しい経済環境で、大きな成長を目指す企業(Gainsight社の顧客の多くを占めるSaaS企業)にとって、既存顧客の維持・拡大は最重要戦略です。そのためには、あらためてカスタマーサクセスをDurable Growth(持続的成長)の根幹に位置づける。攻めのカスタマーサクセス、スケールするカスタマーサクセスを実践する必要がある。この点については、Gainsight社からのメッセージだけでなく、登壇企業や参加者の間でも共通認識になっていたように思います。

1. サプライズは無しで No surprise
予想外のチャーン(解約)を発生させないよう、危険を早期に検知するようなヘルススコアの仕組みを整えよ。

2. 顧客に常にカスタマーサクセスを Keep the Customer in Customer Success
さまざまなエクスパンションの機会をとらえるためには、SaaS企業は組織横断的なカスタマーサクセスの実行戦略を準備せよ。顧客の獲得・管理にはじまり、事業の成果を出すところまで伴走することを繰り返せ。

3. 攻めよ Go on offense
現在のビジネス環境では、営業チームとカスタマーサクセスチームのコラボレーションをもう一歩進め、既存顧客の拡大余地を最大限引き出すことが肝要である。

4. デジタルでスケールせよ Scale through digital
デジタルメイン(テックタッチ)のカスタマーサクセスは、もはや少額契約のお客様向けと捉えてはならない。パーソナライズされた体験を提供しつつも、少ないリソースで多くのことをおこなうには、デジタル中心のプログラム、デジタル中心の戦略で、自社のお客様全体をとらえよ。

5. プロダクトを通じて成長せよ Grow through your product
Go-To-Marketチーム(ビジネスサイド)の全員が協力し、お客様を世界の中心に据える必要がある。すべてのチームがプロダクト部門と連携し、提供予定のプロダクトをお客様が使いこなせるよう、抜かりなく準備せよ。

6. ヒトを優先せよ Be human-first
お客さまに共感すること。お客様のなかには、事業縮小を余儀なくされている方もいるでしょう。また、プライベートで問題を抱えている方もいるかもしれません。そんなお客さまの気持ちに寄り添い、特別な時間をつくり出すことが、競合他社との大きな差別化につながる。

(注:日本語訳は筆者によるものであり、Gainsight社公式日本語訳ではありません)

On-boarding / Adoption から Value Delivery へ

前述のような厳しいビジネス環境において、事業を成長させるのはカスタマーサクセスである。私たちが担っているのは、1つのファンクションではなく、事業成長そのものである。Gainsight社メンバーだけでなく、ブレイクアウトセッションで登壇するユーザー企業やパートナー企業のカスタマーサクセス関係者も含め、Pulseで一貫して発されていたメッセージは、そういったプライドを感じさせる内容でした。

その表れとして、繰り返し出てきたキーワードが Value です。

これまでも Gainsight社 が提供するフレームワークでは、Verified Outcome という言葉で顧客のビジネス上の成果を求める姿勢が強く打ち出されていましたが、今回のPulseでは、顧客に価値を提供するという観点で Value という言葉が多くのセッションで使われていました。キャズムで有名なジェフリー・ムーアによる基調講演は、この Value Delivery について過去30年のIT産業の歴史を振り返る内容でした。これまではバリューチェーンを自動化することに注力してきたが、カスタマーサクセスが進化したことにより、プロダクトサクセスとカスタマーサクセスを実現するモデル(カスタマーサクセス成熟度モデル)が生まれていることが示されました*。

また、他のセッションでも「お客様との定例ミーティングやレポートでログイン率に触れてきたかもしれないけど、ログインはお客様にとって価値のあることじゃないよね」という発言があったり、カスタマーサクセスの目的はお客様に Value を提供すること、自社プロダクトを通じて Value を実現してもらうことである、という点が繰り返し強調されていました。

* ジェフリー・ムーアによる Value Delivery についての講演「カスタマーサクセスの進化~過去、現在、未来~」は非常に示唆のある内容だったので、別稿で取り上げたいと思います。

ベストプラクティスの深化

実務的なカスタマーサクセスのベストプラクティスは、かなり深まっている印象を持ちました。例えば、指標については、カスタマーサクセスのKPI(またはKGI)は NRR/NDR 一択という雰囲気がありました。もっとも、これはカスタマーサクセスのKPIというよりは、SaaS事業を持つテック企業のKPIですが、カスタマーサクセスを事業成長のエンジンにするならば、当然 NRR/NDR を意識すべきというニュアンスで語られていました。

また、オンボーディングがカスタマーサクセスにとって非常に大きな注力分野であることは、日本と変わらないものの、オンボーディングという分野だけでひとつの産業になりつつあることを感じさせました。イベントスポンサーには、オンボーディングに特化したツールを提供する企業が名を連ねており、またユーザー教育、オンボーディングの自動化、AI活用、Product Experience(プロダクト体験)などのキーワードが数多く見受けられました。人間による作業(ハイタッチ)からデジタルタッチへシフトする動きが大きな潮流となり、オンボーディングはひとつの製品カテゴリーとして確立しつつあるようです。

ほかにも、カスタマーサクセス担当者はセールスプロセスから(契約前から)顧客と関わるべき、CS Opsが重要でありそのためにはデータ基盤の整備が欠かせない、カスタマーサクセスはプロダクト(製品開発)への貢献が重要である、など。これらは、もはや論点ではなく、先行企業の間では共通認識となっており、各セッションでは「実際にどうやっているのか」が披露されていました。

一方で、組織のあり方については、どの企業も試行錯誤を続けている印象でした。キーノートやセッションの登壇者が紹介する組織図は、けっして一様ではなく、また講演のなかでも「以前は違ったが、最近こう変えた」という発言も多く聞かれました。組織のあり方は、企業のフェーズや提供する製品によって異なって当然ですが、共通していた視点をあえて上げるならば、「GTM戦略を効果的かつスケーラブルな形で実行できることを重視している」ことでした。これはカスタマーサクセスという機能が、組織のなかで大きな位置づけになり、他部署との連携が強まっていること、またそれゆえにスケールの重要性が高まっている証拠と言えるでしょう。

周辺領域への拡がり

カスタマーサクセスと他部署との連携というと、これまでは営業組織との関係が議論されることが多かったと思います。今年のPulseで特徴的に取り上げられていた「連携」は、プロダクトとコミュニティでした。この背景には、Gainsight社がPXという製品を押し出したいこと、Insidedというコミュニティ関連製品を買収・統合していることがもちろん影響しています。ですが、それを差し引いても、戦略としてのカスタマーサクセス、事業成長のコアとしてのカスタマーサクセスを考慮すると、プロダクトとの連携、そしてコミュニティを活用したカスタマーサクセスが欠かせないピースになってきているのでしょう。

カスタマーサクセスのベストプラクティスの深化と、プロダクト・コミュニティ分野への拡がりについては、日本のカスタマーサクセス関係者にとっても興味深いトピックだと思いますので、稿をあらためてお伝えしたいと思います。

ニック・メータのキャラクター、Gainsightのカルチャー

最後に、イベントを通じて感じたGainsight社のカルチャーにも触れておきたいと思います。Gainsight社の顔であるCEOのニック・メータは、とてもユニークなキャラクターです。コメディビデオにノリノリで出演したり、イベント冒頭で「Who’s fired up!」と叫んだり、早口でしゃべり続けるエネルギッシュな姿は、往年のスティーブ・バルマーを思わせます。一方で、彼がカスタマーサクセスという概念・産業を創り上げてこれたのは、6年前から掲げている「Human first(ヒューマン・ファースト)」という強い信念を持っているからだと感じさせます。

CRMのデータの向こう側にいるのも、オンライン会議の向こう側にいるのも、Gainsight画面のCall-to-actionの向こう側にいるのも、ヒトなんだ。見込み顧客も、解約した顧客も、採用候補者も、辞めた人も、競合他社も、ヒトなんだ。ビジネスの世界にいると、ついヒトのことを忘れがちになる。ビジネスで成功しようと思ったら、タフでなければならないし、冷酷でなければならない。人のことを考えていたら、弱みになるだけで成功できない。多くの人がそう思っているし、そうやって成功してきた人がたくさんいるのも知っている。 でも、Gainsight という実験は、違うやり方でビジネスをうまくやることはできないか、それを証明できないか。ヒト優先でビジネスで成功することはできないのか。これが自分の人生でやろうとしている実験なんだ。

そのキャラの濃さから、一見するとゴリゴリに営業してきそうにも見えるニックですが、こういう考えだから Gainsight はここまで成長したのだろうし、彼のこの考えが根底にあるからカスタマーサクセスという概念はここまで発展してきたのだろうと思えます。そして、このヒト優先という価値観を大事にしているのが Gainsight という企業であり、それを体現しているのがこの Pulse というイベントなのでしょう。だからこそ、冒頭で触れたように製品説明セッションがなく、カスタマーサクセスに関わるすべての人が主語のセッションだけで構成されているのだと思います。

遠くない将来、ニックが来日することもあるでしょうが、そのときにはキャラの濃さ・強さに惑わされず(?)、彼が Human first ヒト優先 という信念を持つに至った経緯を聞いてみたいと思いました。

次回は、ジェフリー・ムーアによる Value Delivery についての講演をベースに、カスタマーサクセスの進化についてお届けします。お楽しみに!